子供たちの夏休みが近づいてくると、私は決まって、暇を持て余して過ごしたあの頃を思い出します。友達との約束もなく、刺激的なことも何にもないこの町で時間をやり過ごす唯一の方法。それは自分の部屋でギターを抱えて、何時間でも歌っていることだけでした。


父にギターを買ってくれとせがんだのは、中学1年生の時。クラスには音楽好きの友人がたくさんいましたし、兄が高校でバンドを組んでいたので、その影響もあったのでしょう。すぐに仲間たちと、財津和夫さん率いるTULIPのコピーを始めました。

父が買ってくれたギターは、Morrisの「W-30」というモデル。その名前が示すように3万円のギターです。当時のカタログを見ると、1万円くらいのモデルも載っているのですが、どうして父が廉価モデルの中でもちょっと価格が高めのモデルを買ってくれたのか、今となってはもう他界してしまっている父に聞くこともできませんが、その時の父の気持ちを考えるとちょっと胸が痛みます。

そのギターは現在の住居の屋根裏に無造作に放って置かれ、数年前に確認したところ、ヘッドの根元に見事な亀裂が入っていて、もう使いものにはなりませんでした。まだ小さかった子供たちが遊んでいて倒してしまったのか、屋根裏の劣悪な空調環境による膨張・縮小を繰り返した結果なのか、それはわかりませんが、そんな思い出のギターはいとも簡単に、その楽器としての運命を終えてしまったのです。

十色珈琲のお店の中に飾ってあるギターは、妻が学生時代、やはりお父さんから買ってもらったというギター。「Excess」という聞いたこともないブランドのギターで、これもいかにも廉価なギターなのですが、妻の思い出の品でありますから、「これは壊してはならないゾ」と思いつつ、たまに店の隅っこで「ポローン」と弦を弾いてみたりするのです。

妻のギターを弾いていても楽しいのですが、やはり楽器の値段と音色は確実に比例しているものなので、ここ数年間は「もっといい音がするギターが欲しい」などという思いを抱きながら悶々としていたのですが、ギター好きなお客様と会話していて、「やっぱりマーチンは凄いですヨ!弾いた瞬間に音がお腹に響くんです!」なんていう事を伝え聞くうちに、その衝動を抑えることができなくなってしまいました。

マーチンが凄いのは良くわかりますが、それこそ猫に小判。豚に真珠。フェラーリはサッカーの本田選手が乗るからカッコイイのであって、庶民にはフェラーリは似合いません。今回はもちろん中古でギターを買うつもりだったのですが、マーチンのビンテージ物なんて、程度のいいものは軽く20万円を超えてきます。それではということで、30年前の国産ギターの逸品とくれば、マーチンの徹底したコピーとして知られる「S.Yairi」の中古あたりを考えましたが、それだって程度のいい上級モデルは軽く10万円を越えてきますし、それを抱えている自分の姿がどうも頭に浮かんでこないのです。

結局買うことにしたのは、30年前に父が買ってくれたのと同じMorrisギター。大量生産の庶民派ギターブランドではありますが、何といってもお膝元の松本のメーカーですし、壊してしまった父のギターに対する償いみたいな気持ちもあって、「今度のMorrisは絶対に大切にするゾ」なんていう使命感みたいなものが沸いてきた結果です。

ネットでいろいろと調べた結果、購入候補に上がったのが「W-60」というモデル。私が持っていたギターと同時期に作られていたモデルで、これも名前が示すように、当時の価格は6万円というギターです。中古で3万円以下という条件で探すことにしていたため、この価格帯で買えるモデルはこれくらいが妥当です。

「30年前に6万円のギターが、中古で3万円って高くないですか?」と、一般的には思われるかも知れません。しかし、当時の大卒初任給が10万円くらいですから、単純に考えると、現在では倍くらい(12万)の価格帯のギターだと考えることができますし、何といっても、今ではワシントン条約によって輸入が規制されてしまっているハカランダ(ブラジリアン・ローズウッド)という木材が使われていたりして、とても現在の価値に換算するこができません。今では10万円以下のギターは軒並み海外で生産されていますが、当時はもちろんMade in Japanですし。


そしてネットオークションを徘徊すること2週間ほど。小樽のリサイクルショップが出品しているギターで、ほとんど無傷のW-60が目に留まりました。ちゃんとしたリペア品を探さないと後悔するということも多々ありそうですが、今回はその見た目の綺麗さに、思わず落札してしまいました。届いたギターは本当に綺麗。ピックガードにこそ擦れがありますが、その他の部分には小さな打痕一つありません。とても30年の歳月を経たギターとは思えない状態のギターでした。



学生時代に使っていたMorrisは、全部合板でできていました。このW-60はトップがスプルース材の単板。合板よりも単板の方が「鳴る」と言われておりまして、高価なギターは総単板です。今回のギターはサイドと裏板は合板。でも、先にも触れたように「ハカランダ」という希少な木を使ってあって、木目がとても綺麗です。さっそく弦を新しいのに張り替えて、Cm7をジャラーン・・・。ああ、いいなあ、この響き。これなら長く付き合っていけそうです。こんなにも素晴らしい状態で保管しておいてくれた元オーナーに思わず感謝。



ながながと私の中古ギター購入の顛末を書いてしまいました。
つまらない話しでゴメンナサイ・・・