No.056 / 2008年2月5日

「食は文化」

  
 先日、家族で寿司屋さんを訪れました。最近では回転寿司屋が台頭し、この松本平でも、たくさんの回転寿司屋を見かけます。我が家から車で15分圏内に、 5〜6店舗はあるのではないでしょうか。我が家もここ数年は回転寿司屋のお世話になる機会が多かったため、「きちんとした」寿司屋さんに入ったのは数年ぶ りでした。

 子どもの頃から、父親に連れていってもらっていたこの寿司屋さんの大将は、久しぶりの来店にもかかわらずきちんと私の顔を覚えていてくださり、「元気 だったかい?」と声をかけてくれます。板さんもすでに70歳くらいだと思うのですが、相変わらずご健在。変わらぬ顔と変わらぬ味。何だかほっとできるひと 時でした。

 回転寿司が台頭した理由は何でしょうか。まずは「安い」ということ。
我々日本人には、寿司は「高い」というイメージがあり、手軽な予算で寿司を食べられることが第一の魅力だったのだと思います。しかし、今回、馴染 みの寿司屋を久しぶりに訪れてみて、頼み方次第では、実はそれほど「高くない」。もちろん、カウンターに座って1品づつオーダーしたような場合、これはか なりの金額になります。でも、大抵のお寿司屋さんであれば、座敷がテーブルがありますので、そこで「上寿司」などを頼んだ場合は、予算は\1,500〜 \2,000くらいのものでしょう。安いからといって、家族で回転寿司をばくばく食べたら、4人で\6,000くらいは使うかと思います。量は若干少ない といえども、新鮮なネタ、きちんとした職人が握った上寿司に丁寧にダシをとって作った汁物がついて、同じ予算であれば、きちんとした寿司を食べた方が、結 局は得なのではないかと思いました。

 回転寿司が流行るもう1つの理由。それはきっと、オーダーのしやすさなのだと思います。寿司ネタの種類がとっさに出てこない人であれば、目の前をぐるぐ ると廻っていく皿を見ながら品定めをすれば良いわけですから、そのネタが何なのかわからなくても良いわけです。加えて、最近ではインターホンなどでオー ダーできる店が台頭してきていて、面と向かって注文しなくても良いシステムになっています。人との会話が苦手・・・なんていう人には、これも頼みやすいポ イントなのかもしれません。でも、逆に、板さんとコミュニケーションをとることが寿司屋での醍醐味の1つだとも言えるのですが・・・

 子どもの頃、父に寿司屋に連れていってもらうと、「ガリ」だとか「ムラサキ」だとか、寿司屋の専門用語を教えてもらうのが楽しみでした。目の前で板さん がくるくるっと巻いてくれる納豆の手巻き寿司が大好きでした。「ヒラメ」の旬は冬で、夏だったら「カレイ」だ、なんて旬の講釈も飽きませんでした。「ト ロ」を憶えたとたん、最初のオーダーでいきなり「トロ!」と言うと、「あっさりした白身からにしろ」なんてたしなめられました。「赤貝」のソリをなくすた め、板さんがまな板に貝を叩きつけるのが新鮮でたまりませんでした。憶えることがたくさんあることで、子どもながらに「寿司屋というのはなかなか手ごわい ところだぞ・・・」と内心思っていたのは事実です。でも、だからこそ、大人になったら、絶対に寿司屋のカウンターに座って、好きなものを思う存分頼んでや る!と、野心めいたものを感じたのものでした。

 成人して、20代も後半になり、多少ふところにも余裕ができた頃、妻とはじめて寿司屋に入った時のことを、今でも鮮明に覚えています。それは山手線の大 塚駅にほど近い場所にある寿司屋でした。大塚のスタジオで、大学時代の仲間とのバンド練習をした帰り道に目についた店で、いかにも美味しそうな感じの、清 潔感漂う店構え。「今度、あらためてここにこよう!」ということになり、日を改めてそのお店にうかがうことになりました。
 後日、妻と2人でその店ののれんをくぐり、カウンターに座った時の緊張ったらありませんでした。「俺にまかせとけ」みたいな顔をして、十二分に気取って いる様をしながらも、「会計はダイジョウブかな・・・」と思いながら喉を詰まらせ、その店の板さんにシドロモドロの口調でネタを頼んだり。そんなこ んなで1時間ほどを過ごしました。結局、出てくるお寿司はみんな美味しく、会計も「目が飛び出るほど」なんてことはなくて、その店をえらく気にいった私た ちは、その後もまた、2人でその店へでかけたものです。次からはもう慣れたもの。堂々と板さんと渡りあうことができました。そして、寿司屋へ堂々と行ける ようになって、やっと子どもの頃に憧れた大人の姿に近づけた気がしたのです。

 今、寿司職人になる若者がいなくて、お寿司屋さんは後継者不足に悩んでいるそうです。無理もないことです。寿司と言えば回転寿司のお店を指すほどに、回 転寿司は市民権を得てしまったのですから。ヘタをすると、寿司はインターホン越しに注文するものだと思っている若者が、これからどんどん増えてくるのでは ないかと、日本の食文化を危惧してしまいます。
 下積みからはじまって、焼き物、蒸し物などを覚えて、
酢飯の配合からようやく「握り」へ。それは簡単な道のりではありません。それほどまでにして完成される日本の伝統食が、かたやチェーン店のマニュ アルに従ったアルバイトの人たちに握られて・・・いえいえ、インターホンの向こうの厨房では、業務用スシ成型マシーンが寿司を握っているお店も多いと聞き ま すので、「寿司職人」という職業にあこがれを持つ若者がいなくなってしまうのも分かる気がします。
 寿司屋は、日本が誇るべき伝統食のはずです。そこのカウンター越しに、魚の旬や、新鮮な魚を扱うプロの技を垣間見たり、自分自身のコミュニケーション能 力を磨いたり、「食べる」だけに留まらない、それは素晴らしい日本の食文化なのではないでしょうか。



 我が家の子どもがもうちょっと大きくなったら、馴染みの寿司屋のカウンターに連れていってあげることにしましょう。
 回転寿司では味わえない、絶妙の酢加減でシメられたサバや、口の中で溶けそうなホクホクの穴子なんかを食べることにしましょう。
 そして私は、言うのです。
 ヒラメの旬は冬だ!いきなり脂っぽいネタを頼むな!
 父が私にしてくれたように、日本の伝統が生み出した最高の食文化を、存分に教えてあげるのです。




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