No.054 / 2007年11月09日

「その先にあるもの」

 
 
小さなログハウスで、珈琲豆なぞを売っていると、「楽しそうなご商売でいいですね」、なんていう言葉を よくかけられます。もちろん好きで選んだ商売ですし、店内ではいつでもお気に入りのJAZZを聴けますし、楽しいことはたくさんあります(売り上げがきち んとあればデスガ・・・)。しかし、どんな商売にも、表の顔と、裏の顔があります。当店も、開店前 におこなっている焙煎の作業は、まさに当店の裏の顔です。決して表には見せないけれど、大事な大事なもう一つの顔なのです。

 当店に限らず、個人経営の小さなお店は、影では大変な努力をしています。パン屋さんなら早朝から生地の仕込みをすることでしょうし、花屋さんならば緑が 枯れないように、常に気を配らないといけないでしょう。それらの影の仕事を、どれだけ地道に続けられていくか、それが小さなお店の「こだわり」であり、決 して忘れてはならない心だと思います。定休日以外の、年間約300日あまり、来る日も来る日も生豆を見つめ、欠点豆を拾い続けてきました。もちろんそれは お客様からは見えない作業ですので、お客様によってはあまり関心のないことなのかも知れません。

 商品を売って終わり・・・と考えれば、影の努力などむなしいものです。しかし、がんばっているお店の大部分は、お客様が商品を手にしてくれた後の、「そ の先にあるもの」を見据えて努力をするのです。その品物を手にした時によろこんでもらえるだろうか、お店のこだわりに気がついてくれただろうか、そして、 またご来店していただけるだろうか・・・、その先にきっとあるはずの、更なる信頼の糸口を少しでもつなぎとめたい一心で仕事をするのだと思うのです。

 老舗菓子店の偽装販売のニュースが全国を駆け巡りました。「その先にあるもの」を見つめるのを忘れ、「今売れるもの」だけに心を奪われた悲しい現実で す。この菓子店の商品は、全国のスーパーでも売られていたようです。作り手の元を離れてスーパーに並べられる商品の数々に、どれだけの心がこもっていると いうのでしょうか。お客様に顔が見えない「裏の顔」を悪い方向に利用した偽装を防ぐためには、消費者が作り手の顔を大事にするしかありません。

 75歳になる母は、よく小旅行に出かけます。その度にお土産を買ってきてくれます。でも、観光ツアーに組み込まれた買い物は、大きなお土産屋さん で・・・と相場が決まっているため、観光地でよく目にする、あらかじめ包装された店頭に山積みのお菓子を買わざるを得ません。先日もある観光地の「まん じゅう」を買ってきてくれました。消費期限は3ヶ月ついていました。そのおそらくは工場のラインでつくられたであろう菓子には、作り手の顔がまったく見え ません。確かに偽装をおこなってきた老舗菓子店に比較すれば、法的には問題のない販売形態ですが、善悪の問題ではなく、「その先にあるもの」を見つめるの を忘れてしまっているという意味では、両者はまったくもって同じ感覚であると思うのは店主だけでしょうか?



 今月は私の誕生月です。当店の常連様であるSさんが、洋菓子づくりを得意とされていると聞いておりましたので、不躾にもケーキを作ってもらえないか頼ん でみました。Sさんは「ぜひとも作らせてください!」と笑顔でおっしゃってくださいました。

 きっとその1つのケーキが、Sさんが見つめる「その先にあるもの」を、少しでも私たち家族に伝えてくれることでしょう。
 Sさんの大きな夢が実現することを願ってやみません。



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