No.045 / 2007年1月23日

「三九郎の記憶」

 
 1月の初旬、地域行事である「三九郎」に参加してきました。長野県の松本平地域では「三九郎」と呼ばれていますが、全国的には「どんど焼き」という名称 が一般的かと思います。地域によっては「おんべ」などと呼んでいるところもあるようです。

 大きなやぐら作りからはじめました。3本の柱を交差させて立て、そこに横柱を何本かロープで固定していきます。簡単な事なのですが、横に渡す木を固定す るロープの結び方だとか、作業の順番だとか、ご年配の方のアドバイス無しではうまくいきません。できあがったやぐらの土台に松葉を飾りつけていき、更に地 域の各家庭から持ち寄った、いらなくなった旧年のダルマ、お札、そして新年に使ったしめ飾りなどを一緒に飾りつけます。その年の書初めを「三九郎」で燃や すと字がうまくなる・・・そんな昔からの言い伝えを信じ、我が家の娘たちが書いたものも一緒に燃やしました。

 夕暮れの空に燃え立つ三九郎の火柱を見ていると、つかの間、自分の幼少時代を思い出しました。店主が子供のころは、組みあがったやぐらの中で遊ぶのが一 種のステータスでした。その地域の中でも力のある(いわゆるガキ大将)が一等最初のそのやぐらの中を占拠してしまいます。小心者だった幼少時代の店主は、 ガキ大将が遊び飽きてやぐらを出て行った後に、コソコソとその薄暗い闇の中へと向かったものです。それに比べると今の子供たちは、あまりそういう遊びには 興味は無いようで、周りで雪あそびなどに興じている子供たちが多く、ちょっとがっかりした店主なのでした。

 やぐらがひとしきり燃えた後の残り火で、皆いっせいに「繭玉」を焼き始めます。米の粉を練って玉状にしたものを柳の枝に刺して、それを持って火にかざす ワケですが、ここでも時代の流れを感じる出来事がありました。今の子供たちは、皆「繭玉」にアルミホイルを巻きつけてあるのです。ススで黒くならないよう にという親御さんの配慮なのでしょうが、またまた店主はちょっぴりがっかりしたのでした。しかも、アルミホイルの中は「繭玉」だけなのではなくて、ウイン ナーソーセージなどが入っていたりします。これではまるでバーベキューです・・・。と思いつつ、我が娘の持つ柳の枝先を見ると、アルミホイルに包まれた ソーセージが顔を出しているではありませんか!「あ〜あ」と思いつつも、美味しいソーセージにかじりつく娘たちの顔を見ていると、「ま、いいか」という気 持ちになってしまいます。しかし、心の中では「スミで真っ黒に焼けた繭玉を食べると、虫歯にならないって云われてるんんだゾ」「三九郎ってのはだな、地域 みんなの無病息災を願っておこなう行事なんだゾ」と、ブツブツと、すっかりお説教オヤジになっておりました。

 いらなくなった旧い年の縁起物を燃やす。新年だけしか使用しなかったものを燃やす。なんと合理的な行事でしょう。そこに様々な「願」を込めた昔の人々の 心の純粋さには感服するばかりです。昔はすべて子供たちが取り仕切っていた「三九郎」。今では地域の役員やPTAの役員が召集され、気は進まないけれど仕 方なく・・・といった形で参加するのがほとんどです。実は私もそんな一人でした。すっかり燃えカスになったその焼け跡をぼんやりと眺めながら、「子供に説 教できるような立場じゃないな」と、ちょっぴり自分を反省したのでした。


ススだらけの繭玉にかじりつき、
ニッと笑った顔から覗いた歯は真っ黒け。
柳の枝を片手に友達を追い回す。
そんな子供たちが何十年後も変わらずにいてくれることを祈った店主です。




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