No.041 / 2006年11月13日

「 過去からの声」


 
 実家のレコード保管棚をガサゴソと覗いていましたら、なつかしいEP盤が出てきました。他 界した父がカラオケで熱唱している声をカッティングしてあるEP盤です。おそらくはスナックかなにかのサービスの一環で作ったものでしょう。酔った勢いで レコードを作ってもらったはいいかれど、一夜明けてみたら恥ずかしくてしょうがない・・・そんな父の苦虫を潰したような顔が目に見えるようです。私はこの レコードがあったことを以前から知っていたのですが、母はこのレコードのことを知らなかったらしく、かなり驚いておりました。母でも聞けるようにカセッ ト・テープに録音して渡したところ、何度も繰り返して聞いたようです。思わぬところから出てきた「過去からの声」は、きっと母を励ましてくれたことでしょ う。

 時代はデジタル時代に突入し、日本人はまるで皆カメラマンのように、あらゆる行事をビデオやデジカメに記録しています。それらもやがては「過去からの 声」として忘れた頃に再生されるのでしょう。しかしながら時代の進歩は著しく、ビデオのDVカセットや、デジカメ撮影でのjpegだmpegだといった規 格が、これからもずっと続いていくかもわかったものではありません。それに比べれば、すでに時代の遺物のなった感も無きにしにあらずのアナログ・レコード ですが、いまだにプレーヤーは生産され続けられていますし、定年後の団塊世代をターゲットにしたオーディオ機器の新製品ラッシュを見れば、まだまだレコー ドはその役割を終えることはな無さそうです。

 店主も、自分の過去の記録はたくさんもっています。高校・大学とヘタクソなバンド遊びをしていたこともあり、文化祭やら何やらのステージをビデオ撮影し たものもありますし、カセットで音声記録したものも持っています。それを持っていることに何の意味があるかはわかりませんが、いつでも自分の青春の1ペー ジが手元にあるということは、案外と面白いものなのかもしれません。

 父の声が入ったレコードを久しぶりに見つけた店主は、「自分の声が記録されたレコード盤はないか?」ということを考えました。バンドをしていた頃も自分 たちのレコードを作りたいという願望はありましたが、レコードの自主制作は、高校生の自分たちにはとてつもなく遠い出来事のことのように考えておりまし て、それを実行に移す勇気はとてもありませんでした(もちろん制作にかかる費用もだせるわけもなく・・・)。

 そんなことを数日考えていたのですが、ふとあることを思い出しました。それは自分が高校生の時に行ったプロのアーティストのライブ・レコードです。その アーティストは、財津和夫さん率いる「チューリップ」。そのチューリップの1000回記念コンサートのライブ盤に、自分の声が録音されていたことを思い出 したのです。それはたった一言の掛け声にすぎません。財津和夫さんに向かって「カズちゃ〜ん!」。仲間数人と叫んだその掛け声は、とてつもなく広く感じた よみうりランドの特設ステージの中のちっぽけな録音マイクに、周囲の失笑とともにみごとキャッチされ、そして幾多の編集をかいくぐり、発売されたレコード 盤に収まっていたのでした。

 この2枚組みのLPは、当時は自分では所有しておりませんでした。2枚組みのLP盤を買うほどの小遣いを常に持っているワケもなく、確か、友人が買った レコードをテープに録音させてもらったのだと思います。今は幸せなことにインターネットのオークションで何でも手に入れることができますから、ここは一 つ、自分の「過去からの声」を聞いてみよう・・・というわけで、さっそくオークションにて入手しました。




 高校1年の夏、悪ガキ5人組みは、夜9時出発の鈍行列車で新宿へと向かいました。新宿に着いたのは朝の4時。何もしらない田舎の 高校生は、歌舞伎町をウロウロとして時間を潰し、小田急線に乗り替えました。

 急行列車は急行券が必要だ・・・という田舎者特有の思い込みにより、悪ガキ5人組は、あろうことか各駅停車の列車に乗車して、新宿から1時間以上もかけ て、「よみうりランド」へ向かったのでした。

 若き日のむちゃくちゃなエネルギー。それを失ってしまったのはいつ頃からだったのかも思い出せません・・・。

  一緒に写っているのが父が遺したEPレコード。

 


 
 気がつけば、それはもう四半世紀前の出来事。 
 真夏のたった一夜の夢物語。
 声がかすれるまで大声で歌ったShooting Star。

 忘れられない「過去からの声」と対峙すべく、今日もコーヒーカップを片手に、レコード盤に針を下ろす店主なのでした。

 


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