No.032 / 2006年1月13日

「訃報」

 
 今日も朝の焙煎を終え、開店の準備を整えた後、ちょっと遅めの新聞閲覧をしておりました。そして、そのローカル新聞の「おくやみ」の欄にその人の名前を 見つけたのです。Hさん。享年73歳。病気療養中のところを死去とのこと。

 Hさんが当店に来てくださるようになったのは、当店が開店して間もなくでした。開店の数年前に他界した私の父とほぼ同じ年のHさんは、話しをお聞きし ていてもとても博識な印象で、「コーヒー中毒さ」などと笑う快活さが素敵な方でした。そんなHさんがかつては高校の教師であり(私の母校にも赴任していた 時期があったとのこと)、松本平における考古学の第一人者だとわかるまでにはそう時間はかかりませんでした。当店に来るとカウンター席に腰掛け、「今日は ○○遺跡の発掘現場だったんだよ」、「今日は講演会で疲れちゃってさ」などと言いながら、美味しそうにコーヒーを飲んでいました。そんなHさんとの会話 を、店主も楽しみにしていました。

 そんなHさんが1年くらい前からでしょうか、まったくお店に顔をお出しにならなくなってしまいました。ずっと当店に来てくれていた常連さんが、まったく お店に来なくなる。その理由が、もっと美味しいコーヒー豆屋をみつけただとか、もっと近所のコーヒー豆屋でコーヒー豆を買うようになっただとか、仕事の都 合で転勤しただとか、そのような理由であればいいな・・・と、店主は常に思っております。当店に来なくなってしまったお客さんを思う時、まず初めに思うの は、「どこか身体の具合でも悪くされたんじゃないだろうか」という思いです。だからそのお客さんが「いやあ、この頃は忙しくてね。スーパーのコーヒー豆 ばっかりだったよ」などと言って、久しぶりに来店してくださると、店主は心底ほっとするのです。

 元気でいてくれれば、いつかきっとひょっこりと訪ねてきてくれる。そう思っていました。
 「コーヒー中毒さ」
 そう言いながら、また笑ってお話ししてくれるに違いないと思っていました。
 
 考古学にとり憑かれた、コーヒーを愛してやまなかった一人の男性を、店主は忘れないでしょ う。
 Hさんのご冥福を、心よりお祈り申し上げます。




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