No.030 / 2005年11月25日

「本物が無くなる日」

 
 先日、母が鎌倉〜沼津へ旅行してきました。旅行の前に、ツアーの日程表を見せてもらったところ、「海の幸ショッピング」なるプランが組み込まれておりま したの で、おこがましくも、我が家にも若干の土産をぜひ・・・とお願いしました。

 私が母にリクエストしたもの、それは「天日干しの魚の干物」です。今さら干物?と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、丁寧に手作りで天 日に干された魚というのは、現在では入手しにくい食べ物のひとつになってしまいました。スーパーマーケットに並べられている魚の干物は、大きな工場にて 「巨大ドライ ヤー」にて乾干されています。強烈な熱風を短時間のうちに当てられた魚の干物は、魚が本来もっているみずみずしさを失ってしまい、脂の乗りも今ひとつで す。

 今から20年ほど前、大学の仲間数人で熱海に宿泊したことがあります。昔の温泉宿の面影は薄くなってきてはいるものの、沿道に網を拡げて、開いた魚を天 日干しにしている店がまだまだ存在していました。それがあたりまえの光景かと思っておりましたので、母の沼津旅行に「
海の幸ショッピング」が組み込まれていると聞き、 私はかつての熱海の光景を思い出し、「天日干しの魚の干物」をリクエストしたという次第です。

 旅路から帰った母から受け取った干物の味は、普段食べているスーパーの干物とは比べるまでもありません。たっぷりと脂ののった干物の何と美味しいこと! 我が家は久しぶりに味わう「本物の味」に酔いしれたのでした。しかし母は、この干物、探すのには苦労したと言うのです。「
海の幸ショッピング」なる催しが開催されてい る会場の魚屋さんに「天日干しの魚の干物が欲しいのですが・・・」と言うと、それを置いていないお店がほとんどだと言うのです。何店も探し回って、どうに も見つからずにあきらめかけたところに、ようやく古びた看板を掲げた、おばあちゃんが店番をするその店を見つけたとのことでした。このお店も常連さんから の リクエストで天日干しの干物を細々と作っているけれども、後継ぎがこんな手間のかかる作業を継いでくれるかわからないと言っていたそうです。

 天日と浜風と塩が作り出すはずの絶妙なる干物の味わい。
 巨大ドライヤーで作り出される工場製干物は果たして本当に「干物」なのか?

 母の手で整えられた握り飯に、ふりかけられた塩の絶妙な塩加減。
 塩水で炊き上げられ、機械成型され、人の手で握られずにできたコンビニ・オニギリは果たして本当に「おにぎり」なのか?

 乾燥を繰り返すことでその旨味を凝縮し、天然のカビをまとうことで完成する鰹節の複雑な味わい。
 カツオを煮立てたゆで汁を主原料とする「カツオ風味粉末だし」が果たして本当に「だし」なのか?

 日本の伝統が育ててきた素晴らしい食文化。それはどこへ行ってしまうのでしょう?
 大量消費を補うための大量生産がもたらした伝統の崩壊。
 「本物が無くなる日」
 それはそんなに遠い未来の話しではないように思えてなりません。

 今日も小さな釜で豆を焼いている小さな焙煎小屋を、愛してくれる人たちがきっといるに違いない・・・
 その思いが、今日も店主を支えている、ささやかな希望の灯りなのです。




<エッセイのTopに戻る >

十人十色のコーヒータイムを演出する、Toiro Coffeeです。
http://www.toirocoffee.com