No.029 / 2005年10月31日

「マンデリンの憂鬱」

 
 夜、テレビを見ていましたら、「コーヒーを飲んでやせる」という特集をやっていました。コーヒーに豊富に含まれているカフェインとクロロゲン酸が、体内 の脂肪を燃やして新陳代謝を活発にする褐色細胞の働きを強めてくれる・・・というのが理由だそうです。コーヒー豆を販売している店主にとっては、コーヒー が健康のために良いという内容にはとても喜ばしいことだと感じるのですが、このような単一の食品によって、やせるだとか健康に良いだとかいう内容の報道 は、ちょっと考えモノだと思う今日この頃です。

 ちょっと前に、寒天がダイエットに良いという内容のTV番組が放映されたのですが、その放映後、近所のあらゆるスーパーの棚から寒天が消えてしまいまし た。TVを観た人たちが寒天を買いあさったのはもちろんのこと、消費の大多数を占める、都市圏への納入を業者が優先したからだそうです。寒天の製造では トップシェアを誇る長野県のお膝元のスーパーから寒天が消えてしまうなんて、TVの力はなんて恐ろしいものなんだろう・・・と思い知らされた店主です。

 思えば、「この食品に含まれるこの成分は健康に良い」なんていう内容の食品が、これまでにいくつ紹介されてきたことでしょう。TV放映後はその食品が飛 ぶように売れ、しばらくするとまた別の食品がTVで紹介され、その商品がまた飛ぶように売れる・・・その繰り返しです。つまりは冷静に考えれば、より自然 に近いものを、バランス良く口にしていれば、すべての食品には健康につながる成分が多かれ少なかれ含まれているということです。好き嫌いをせずに、添加物 や油脂がたっぷり入った食品を避け、適度な運動をしていれば、皆、健康でいられるというもっとも単純・明快なことだと思います。

 この番組の中で、特にやせる効果が高いコーヒーの銘柄は「マンデリン」である・・・という紹介がされていました。数十カ国に及ぶ様々な産地のコーヒーの 中から、なぜ「マンデリン」なのか、肝心なその説明がなく、店主はちょっと消化不良です。しかも、「やせる効果が高い」とされるのは、「浅炒りのマンデリ ン」なのだそうです・・・。

 インドネシアのスマトラ島を産地とするマンデリン。その現地に暮らすマンデリン一族の名がブランド名に冠された、コーヒー通にはおなじみの銘柄がマンデ リンです。マンデリンの最大の特徴は、深炒りにした時に現れる独特なコクでしょう。苦味の中に広がる芳醇で複雑な甘みは、世界各国のどのコーヒーとも違 う、すばらしい個性を感じさせるコーヒー豆です。マンデリンの楽しみはフレンチ・ローストにあり・・・といっても過言ではないかと思います。

 当店でもこの秋から「ゴールデン・マンデリン」をフレンチ・ローストにして販売しております。当店の開店当初から何種類かのマンデリンを取り扱ってみた のですが、中でもこの「ゴールデン・マンデリン」は特出した個性を持ち合わせています。一口にマンデリンといっても、その品質はまさに「ピンからキリ」で す。一般的なスタンダード・コーヒーとして売られている「マンデリン」は、規格こそ現地の最上級グレードとされる「G1」を名乗っておりますが、プレミア ム・コーヒーである「ゴールデン・マンデリン」に比べると、生豆の卸値はわずかに半額にすぎません。高い品質の豆を生産する農園の豆のみを選別し、数回に わたるハンドピックがおこなわれた豆のみが、「ゴールデン・マンデリン」のブランド名で出荷されるのです。最近のマンデリンは品質の低下が特に著しく、深 く炒るとゴムの焼けた匂いを思わせる嫌なロースト臭が鼻につくものが多くなっています。生豆も当店の基準でハンドピックしたならば、2割〜3割は排除しな くてはならないマンデリンが、当たり前のように流通しています。

 マンデリンの個性を最大限に発揮させるよう、自家焙煎店のオーナーたちは日々焙煎の探求をしております。それなのに、「浅炒りのマンデリンはやせる!」 などというまるで魔法のような言葉を聴かされた消費者の皆様は、「浅炒りのマンデリン」に飛びつくのは目に見えております。コーヒー通の心を捕らえて離さ ない、フレンチローストのマンデリンが見向きもされない時代が来るなんてことはないだろうか・・・と、小心者の店主は考えてしまうのでありました。

 マンデリンは深炒りにすると濃厚なコクと苦味が出ますので、その個性を出すためにフレンチ・ローストに焼き上げる店が多くを占めます。したかって、「マ ンデリン=苦い」というイメージが出来上がっておりますが、実は、浅炒りでは強烈な酸味を持っております。「苦い」イメージを持ったまま浅炒りのマンデリ ンを飲むと、その強い酸味に面食らうことでしょう。

 TVの中で浅炒りのマンデリンを実際に口にしたゲストのタレントの皆さんが、誰も「美味しい」という言葉を発さないのが印象的でした。グルメ番組ではな いとは言え、食に関するコーナーで出されたコーヒーが美味しいものであれば、「あー美味しい」の一言は自然に口から出ると思うのですが・・・。


 まるでジャスミンティーを煮詰めて作ったかのような複雑で芳醇なコク。
 選ばれしマンデリンのフレンチ・ローストのみが放つ苦味と芳香。
 TVに踊らされることなく、自分の舌を信ずる者のみが得られる感動。
 それを何人のお客様に伝えることができるだろう・・・。
 ウサギ小屋自家焙煎店のオーナーの悪戦苦闘はまだまだ続きそうです。




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