No.023 / 2005年4月18日

「”手動”の快楽」


 倉本聡さん原案によるTVドラマの影響で、ここ数ヶ月間は日本中で手挽きのコーヒーミル が飛ぶように売れたようです。その舞台となる喫茶店では、お客様にミルが手渡されます。お客様は皆さんゴリゴリと豆を挽いて、それを寺尾聡さん扮するマス ターが、一杯づつ丁寧にネル・ドリップでコーヒーを淹れる・・・という設定です。

 人間が道具を発明してから、道具の進歩は「いかに人間の手を借りずに役割を果たすか」という考えのもとで発達してきました。もっとも身近な例だと、車の オートマチックミッション(AT)です。ATはギアの選択をおこなう動作と、クラッチペダルを踏む作業から、人々を解放しました。しかし、へそ曲がりな店 主はこれを不自由と感じています。自らの手でギアを選択し、アクセルを踏む右足と同様に左足にも仕事を与える。これこそが車と付き合う最大の楽しみなので す。我が家は車を2台所有していますが、もちろん両方ともマニュアル・ミッション(MT)です。

 コーヒーを淹れる楽しみも、不便の中にこそ楽しみがあると言えるでしょう。TVドラマの中では簡単そうに演じられていた手動ミルを使用した豆挽きも、実 際はかなりの力を必要としますし、電動のミルを使うことに比べれば不便なことこの上ありません。それでも、その作業こそがコーヒー好きにとってはたまらな い瞬間なのでもあります。少しづつ砕かれていく豆から漂う芳香を嗅ぎながら、これから喉をうるわしてくれるだろうその褐色の液体を想像する時間こそが快楽 であり癒しであるのです。

 店主が楽しんでいる手動式のものとして、カメラがあります。80年代くらいからカメラの自動化が進み、今ではフィルムさえ使わないデジタルカメラが全盛 です。店主もこのHP用の写真の撮影にはデジカメを利用しておりますが、旅行や散歩、家族の記録などは手動式のカメラをいまだに愛用しております。ピント 合わせる。シャッタースピードと絞りを設定して適性な露出を考える。フィルムを巻き上げる。そして巻き戻す。すべての動作が無数のギアとシャフトで結ばれ たその精密な機械は、電池の力を必要としません。そして目の前のすべてのものをフィルムの上に焼きつけてくれるのです。
 


店主が長い間愛用してきたドイツのザッセンハウス社製ミルです。ミルをひっくり返すと"Made in West Germany"の刻印があります。現在市販されているものは"Made in Germany"と記されています。歴史を感じますネ。


手前にあるのは店主のお気に入りカメラのひとつ、ペトリカラー35です。1960年代に栗林工業により製造された金属性のコンパクトカメラです。私とほぼ 同 じ年齢のカメラです。すべてを手動でおこなう快楽がその小さな機械にはびっしりと詰め込まれています。


  利便によって失われていった楽しみが、世の中にはたくさんあることでしょう。本当に無くてはならない自動化はもちろん歓迎するとことです。しかしながら自 動化されなくてもまったく生活には支障をきたさないものもたくさんあるのだと思います。なるべく利便に頼らずに生きていく・・・そこに実は人生をもっと楽 しむための種がかくされいるのではないかと、店主は日々考えているのです。

 手挽きのミルでのんびりとコーヒー豆を挽く・・・それが一過性のブームで終わらぬように願う店主なのでありました。



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