No.017 / 2004年12月14日

「焙煎は料理である」

   当店がオープンして間もない頃、コーヒー通と思われるお客様がいらっしゃって、店主に質問しました。
 「ここでは、豆の焼き上がりのタイミングを、ストップウォッチ等で計っていますか?」と。
 店主は焙煎の際に、秒単位で時間を計測して豆を釜から出すことはしていません。それを伝えると、そのお客様はたいそうびっくりした様子で、「安曇野にあ るA店ではストップウォッチで釜出しするタイミングを見ているそうですよ!」と教えてくれました・・・。焙煎のタイミングを秒単位で管理する。それは当店 としては逆にやりたくない方法なのです。

 まったく時間を見ていないわけではありません。豆を投入した時の時間、釜出しした時の時間、毎日の記録をすべてノートに記録しています。フレンチロース トだったら焙煎に大体何分かかるか、シティローストだったら何分かかるか、それは頭に入っています。大体何分以内で焼きあがるのが自分の焙煎の理想なのか という大まかな判断基準として「時間」を用いています。それでは、私が何を基準に釜出ししているかというと、釜の温度と、豆の色、豆が発する音です。豆は 焙煎中に2回ほどハゼるポイントがあります。ポップコーンがはぜる様子を想像していただければ良いかと思います。もちろんポップコーンのような大きな音が するわけではなく、「パチパチ」というレベルで、豆によっては「バチバチ」という表現が当てはまるようなものもあります。この「ハゼ」が起きるポイントが 焙煎の焼き上がりを判断する上での大きなポイントになるのです。

 正確な時間を見て釜出しするのを店主がやりたくない理由は、時間は常に一定ですが、「焙煎」は常に一定ではないからです。夏と冬、晴れの日と雨の日、そ の日の1回目に焼いた豆と2回目に焼いた豆、気温や湿度、いろんな条件下での焙煎は、それぞれ異なって進行しています。もしも「時間」を軸に釜出しのタイ ミングをおこなうのであれば、想定される条件すべてにおいての焙煎時間をデータとして保持している必要があります。しかし、それは現実問題として不可能な ことです。

  店主が常々感じていることは、「焙煎は料理だ」ということです。農産物を焼いて、口にした時に美味しいと感じる状態にするのですから、これは料理に他なり ません。焙煎機は言わばオーブンです。私は「オーブン」を使って、毎日コーヒーを焼いているのです。料理である以上、仕上がりの判断は素材と対話して決定 するべきだと思っています。イタリア料理のシェフならばパスタの茹で上がりをパスタを1本食べて判断するでしょう。フレンチのシェフであればローストビー フの焼き上がりを、金串を肉に刺して判断することでしょう。時間はあくまで目安に過ぎません。重要なのはその時々の状況においての微妙な判断であると店主 は考えております。したがって、今後も店主がストップウォッチを片手に焙煎をおこなうことはないかと思います。

 
素材をどうやって料理するか。それを考えることで様々な試行錯誤が生まれます。先日、コーヒー豆を水で 研いでみました。コーヒー豆をお米を研ぐのと同様に研いでから焙煎するとスッキリした後味のコーヒーになる・・・それはコーヒー豆を焙煎する人間の間では 昔から言われていることです。でも、それを実践しているお店はまずありません。お米は研いだ豆を水ごと釜に入れることができますが、コーヒーの場合は水を 釜に入れるわけにはいかないのです。研いだ後には水分を取り除かなくてはいけません。1日に数種類の豆を焼くともなれば、とてもこんな手間をかけられたも のではないからです。



(左の写真)
  米を研ぐのと同様に、豆をゴシゴシと手で研いでいきます。お米と違って、この水ごと調理するわけにはいきませんので、研いだ後には水を捨て、水分を取って あげる必要があります。その手間を考えると、「水研ぎコーヒー」を常に実践することは難しいかと思います。

 しかし今後、様々な挑戦の中で、「水研ぎ」こそが究極のコーヒーだ!という結論に至れば、当店のコーヒーがすべて「水研ぎコーヒー」になる可能性も無い わけではありません。

   
(右の写真)
 丁寧に水研ぎされたコーヒー豆。その豆肌のつややかさを見てください。これぞ正真正銘の”グリーンビーンズ”と言った感じです。

 今回、水研ぎに使用したのは「ブラジル・セラード」です。この豆の特徴的な味でもある麦のようなロースト感が若干ソフトになり、後味がすっきりした感じ に仕上がりました。今後は違う品種でも試してみたいと考えています。

  (注)すでに「セラード・水研ぎ」は完売しました。

  

 店主が焙煎を調理として捉える以上、これからも様々な試行錯誤が続いていくことでしょう。味もそのたびに変化していくことになります。常に安定した味を 提供していくことはできないかもしれません。それが許せないお客様達は、大手のコーヒーショップに流れていってしまうかもしれません。それは仕方のないこ とです。自分を貫くこと。それがサラリーマン生活にピリオドを打ち、4.5坪の小さな店を始めた自分の原点なのです。もっともっとあがき苦しむしかありま せん。私は大海に船出した、あまりにも小さなチャレンジャーなのですから。



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