No.012
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2004年09月21日 |
「甘い香りを届けた日」
まだまだ残暑が厳しい日々が続いていますが、身のまわりの至るところで秋の気配を感じるよ う になってきました。夜は窓辺からにぎやかな虫の合唱が聞こえてきますし、食卓には秋の味覚が登場するようになりました。私が生まれ育ち、そして現在居を構 えている長野県塩尻市は、ぶどうの名産地です。9月も中旬になると、市内に点在する葡萄農園からただよってくる甘い香りに包まれます。特に塩尻の名産とし て名高い品種「ナイヤガラ」は食べてよし、ジュースにしてよし、甘みたっぷりのデザートワインにしてよし・・・と市民から愛されているぶどうです。そんな 地元産のナイヤガラを食べつつ私は、父がナイヤガラに込めた想いを、一人思い出すのでした。 父は金属加工を主たる内容とする会社を営んでいました。大手メーカーの零細な下請けを継続するために、親会社とのパイプを常に良好な状況に保てるよう、 父は常に様々な心遣いを怠りませんでした。その1つがナイヤガラだったのです。甘みを存分に含みながら、それほど厚くない外皮に覆われたナイヤガラは非常 に痛みやすいという特性を持っています。したがって、ナイヤガラは他県の市場に出回ることがほとんどありません。そんな希少な味を、父は、毎年秋になると 親会社の担当者のもとへ届けることを通例としていました。2001年の夏、末期の食道ガンで病床についていた父に代わり、その重要な役目を担ったのは、現 在父に代わり会社を継いでいる兄と、一旦は父の会社を手伝いたいと思い、父の会社へ転がり込んだ私でありました。 あっという間に痛んでしまうナイヤガラを届けるために、ぶどうを前日の夕刻に買い求めると、それを車にトランクに詰め込み、翌朝の日の出とともに、兄と私 は塩尻を発ちました。向かう先は、新潟県の六日町、埼玉県の小川町と大宮、そして栃木県の大田原です。甘い香りは県境を越え、父の想いとともに各会社へと 届けられました。どの担当者もこの季節の通例をよく知っていると見えて、ナイヤガラが詰まった箱を目にすると自然に笑みがこぼれます。日の出に出発したこ の届け物廻りから帰ってきたのは、すでに子供たちが就寝している時間でした。毎年たった一人でナイヤガラを運んでいた父の姿を追いかけてみて、父がナイヤ ガラに込めた想いが、痛いほどわかりました。
エッセイのNo.10(「特別を贈りたい」) で、当店のコーヒーを披露宴の引出物に使っていただいたお客様の話しをしましたが、本日もまた別のお客様から同様のお話しを頂きました。ナイヤガラと当店 のコーヒーを比べるのはあまりにおこがましいことではありますが、心を込めた贈り物に当店のコーヒー豆を選んでくださるということは、店主にとっては本当 にこの上ない喜びです。ナイヤガラを受け取った人が皆頬を緩めてくれるのと同様に、トイロコーヒーを受け取った人が皆笑顔になってくれるよう、今日もまた 精進 せねば!と思う店主なのでありました。 |